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来福軒物語(第二回)

「来福軒物語 第1回」から読む →

1992年(平成4年)全国各地でラーメンブームが到来した。

これにより久留米でも1999年(平成11年)  『第1回ラーメン・フェスタin久留米』 が開催され、同時に 「久留米ラーメン・ルネッサンス委員会」 が発足。

また、久留米のラーメン店主達で構成する 「とんこつ会」 も結成され、久留米ラーメンは大盛況時代を迎える。

来福軒二代目吉野亮も、会に参加し精力的に活動をこなした。

しかし、とんこつブームが過熱するにつれ ラーメン店同士の 競争意識が激化、ついに会は空中分解、数年で幕を閉じた。

来福軒

その後、ブームが下降気味になると、久留米は新しいご当地グルメとして 「久留米やきとり」 が注目を集めるようになり、久留米ラーメンは徐々に影を潜めるようになった。

それ以降も、「やきとり」 は久留米の代表として 「B級グルメ」 へと移行しさらに 勢力を伸ばしていった。

“兵(つわもの)どもが夢のあと”ずっとラーメン一筋に頑張ってきた吉野にとって、言い知れぬような空虚感が 重く圧し掛かったまま 数年が過ぎ去って行った。

そんな時だった。

2009年5月 父の代から同じ屋台仲間として腕を磨き、数年前に惜しまれながら 閉店していた「清陽軒」 がファンたちの後押しを受け 復活したというのだ。

吉野にも “寝耳に水の話。”

半信半疑ながら、清陽軒の暖簾(のれん)を潜った。

そこで亮が目にしたものは かつての 「とんこつブームの再来か!?」と思わせるほど 沢山のお客さんたちで溢れ返る店内だった。

正直驚いた!ラーメンブームが去った後でも、久留米には、まだまだこんなにラーメン好きな人たちがいることを改めて実感した。

「眩しかった」「悔しかった」 そして、なによりも 「仲間の復活が嬉しかった」 そしてその時、亮の心の中で 何かが点火した。

「よし!俺もやってやろう!」気持ちが一気に動いた瞬間だった。

それから2カ月後の 2009年7月 吉野のもとに久留米商工会議所の 玉置から 「久留米ラーメン」 をB-1グランプリに出場させて欲しいとの依頼が舞い込んだ。

B-1グランプリは、全国各地の特産品を使ったB級グルメを一同に集め 投票で味比べをする大会。

その九州版である 「第一回九州B-1グランプリ」 が久留米で開催されるというのだ。

願ってもないチャンス到来!吉野の心は躍った。

“念ずれば花開く”ラーメンの神様が舞い降りた。

しかし、これにはクリアしなければならない大きな壁があった。

「B-1グランプリ」は、個人店で出場することは適わず、必ず団体での登録が必要だったのだ。

それには以前の「とんこつ会」のような存在が必要になる。

吉野は、再び久留米ラーメンの栄光を取り戻すべく、今度は自らの発案で新しい団体を結成しようと決めた。

しかし、B-1グランプリ出場にエントリーするには、もうギリギリの時間しか残されていなかった。

それでも吉野は、思い立ったら即行動の性格。

吉野の奔走で呼びかけにより集まった 『清陽軒』・『南京千両』・『ひろせ食堂』 が加わり、登録に漕ぎ着けたのが 締切最終日の夕方近く、出場団体中で一番最後、なんとか滑り込みのギリギリセーフだった。


「来福軒物語 最終回」を読む →



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